初めまして今回選手日記を担当させていただきます福岡大学サッカー部新2年の田中翼です。
まず初めに簡単に自己紹介をしたいと思います。
私は熊本県出身で6歳からサッカーを始めました。小・中学校はシャルムFC熊本、高校は長崎総合科学大学附属高等学校でサッカーをしてきました。そして、福岡大学へと進学しました。
今回、長崎総附での3年間の高校生活のことについて書きたいと思います。まず、長崎総附の印象は坊主で県内では負けなしと言うイメージだった。いざ、入学し練習をしてみると色んな県の選手が居て凄く上手かった。そこで、まず自分が思ったことは「高校間違えたかな?」とか「絶対試合に出れない」など思った。1年生の時は球蹴男児という1年生だけの九州リーグみたいなのがあった。最初の3試合で出れたのはたったの15分ぐらいだった。しかし、4試合目にスタメンで出ることできそこから、少しずつ試合の出場機会が増え最終的には定着することが出来た。2年に上がり、その年の目標はトップチームに上がり長崎県の決勝の場所であるトランスコスモススタジアムで試合をし、優勝することだった。しかし、トップチームに上がり初めての練習試合をして、その時監督の小嶺監督に言われた言葉がある。それは「なんで中学校の監督はこんなやつ推薦したんだ」という一言だった。その言葉を言われた時は自信も持てずその後の試合でも何もアピールする事が出来なかった。次の日のメンバーを見てみるとBチームに落ちていた。そこから自分はサッカーに対する意識も下がりBチームでの練習が続いた。夏になり、夏休みに入ると総附は約2週間の遠征に入る。そこで、毎日練習試合をしたり走ったりする。ある日、普通にベンチに座ってるとコーチに呼ばれて話をした。そこで、言われたことは「今目標とかある?」だった。その時、自分に目標は無くなっていてコーチにも何を目指せば良いかわからないと答えた。すると、コーチは「お前は大学に行ってサッカーを続けた方がいい、だから頑張れ」と言われて少しずつサッカーに身が入るようになった。3年に上がり、最初はサブでベンチにいた。しかし、同じポジションの選手が怪我をし代わりに出てそこからスタメンに定直することが出来た。そして、高校最後の大会である選手権を迎えた。しっかり、勝っていき迎えた決勝の場所である目標であったトランスコスモススタジアムでの試合だった。スタジアムに入った時は鳥肌が止まらなかった。いつもスタンドからしか見てなかった光景がまさか自分が中で試合をするなんて思ってもなかったからだ。しかし、試合は延長後半に決められ負けてしまった。目標の優勝は出来なかったがあのスタジアムでプレーをしたことは忘れないと思う。今の自分はこの3年間があったからだと思う。
この長崎総附での3年間学んだことをいかして、自分の目標であるインカレ出場を目指して頑張りたいと思う。
下手くそな文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。今シーズンも福岡大学サッカー部の応援をよろしくお願いします。
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