9/3福岡県選手権大会を優勝して、記念すべき第100回天皇杯全日本サッカー選手権大会の節目に出場資格を得た。
47都道府県代表チーム枠の中で、筑波大学の31回を抑え、福大は何と今回33回目全国最多出場回数を誇る。2020コロナ禍の今年、大会方式が大幅に変更され、3回戦までは同地域内同士の対戦となります。
つまり、九州勢8県対決を制し名実共に、アマチュアNo.1の座を手にするチャンスがやって来たと言えます。
今回のコラムは過去の天皇杯全日本選手権大会を振り返って、Jクラブ相手に果敢に勝負してきた『福大サッカー武勇伝』を紹介してみましょう!
私自身が福大に赴任した昭和59年(1984)、当時の福大は、インカレ出場権を逃し、その悔しさをシーズン最後の天皇杯にぶつけ死闘を演じた。
相手は、現在の浦和レッズの前身である日本リーグ時代の王者三菱重工サッカー部であった。
弱冠25歳の若僧指揮官だった私は、当時アジア最強のヘディングと言われたFW原博実氏(現在J技術委員長、元日本A代表、元浦和レッズ、FC東京監督)のヘディング対策を練り込み、ゴール前で粘り抜く超守備固め作戦計画を周到に立てて試合に臨んだ。当然一人では原選手に到底勝てないが、マンマークヘディング対策とこぼれ球に泥臭く皆で身体を張り驚異的に粘り抜くことで延長、PK戦の末に福大が劇的な勝利を挙げたのだった。
このチームの主将澤田宗一郎(のちに熊本商監督)は、獅子奮迅の献身的な走りで全員を鼓舞し続けたが延長戦突入前に余りの過酷さに全身痙攣を起こし救急車で運ばれていくほど死力を尽した壮絶な闘いだった。
だが最後まで全員がその精神を引き継いだ。決して諦めず真摯に粘り抜く闘いから、信じ難いスーパープレーを披露し、観る人を心から感動させた。
今から36年前、私の指導者元年に魅せられた「燃える福大魂」が、今日に至る福大サッカー部の根本精神を支えている。
地方にありながらも中央に位置する強豪大学やプロチームに怯むことなく、果敢に闘いを挑む“ジャイアントキリング”大物喰いの醍醐味とそれを実現する強いメンタリティが今では福大サッカー部の代名詞にもなっている。
93年のJリーグ創設以降は、プロ対アマの対決色が天皇杯の魅力ともなっているが、本気でプロを倒す意気込みと伝統が、のちに横浜M、G大阪、サンフレ広島などのJリーグ王者と福大との激闘の歴史へと脈々と繋がっている。そして、天皇杯でJプロ(J3北九州、J2水戸、J1大宮)を本当に倒した実績を持つ数少ない大学チームの中に福大は名を連ねている。
さあ、コロナ禍の今年こそ、永く歴史に残るような快進撃をお見せするチャンス到来です。
九州ラウンド3回戦を突破して、アマチュア最高位の5回戦進出、準々決勝進出J2王者との対戦など、楽しみ満載です。
まずは9/16の一回戦からメイクドラマが始まります。チーム力を高めて勝ち進め、伝統の福大魂全開を魅せてくれ!
その為にも価値ある日常を厳しく、激しく、逞しく鍛えて行こう!。アグレッシブな勝利を目指して前進あるのみダ!
〈天皇杯本大会詳細〉
https://www.jfa.jp/match/emperorscup_2020/schedule_result/pdf/Tournament.pdf
〈過去の映像〉